鯵坂税理士事務所【税理士】鯵坂健太郎

効率化のその先へ——異色のキャリアを歩んだ税理士が語る、AI時代の泥臭い試行錯誤と人間力の価値

2026-08-10

鯵坂健太郎

異色の経歴から税理士の道へ

——先生は、異業種から税理士へ転身されたそうですね。まずはこれまでの経歴を教えてください。

鯵坂:生まれは鹿児島で、大学進学という選択肢は頭にありませんでした。工業高校を卒業して電気工事会社へ就職しましたが、3年目に担当した現場は朝5時から深夜まで働くような毎日で、本当に厳しい環境でしたね。現場写真の加工や書類作成にも追われ、「ごまかしは必ずどこかで破綻する」ということを身をもって学びました。その経験から、新しい道へ進もうと退職を決意したんです。

その後、人生の転機になったのがトヨタ自動車の期間工でした。エンジン部品の製造ラインで4か月間必死に働いた結果、体重は約50kg減り、200万円ほどの貯金もできました。そのお金を元手に医療系の専門学校へ進学したのですが、激変した姿のおかげで人生で一番モテる時期を経験しまして(笑)。「本気で取り組めば人は変われる」という実感を得られたことが、自分にとって何より大きな財産でした。

——まさに人生のターニングポイントですね。そこから税理士という道につながったのは、どのような経緯があったのでしょうか?

鯵坂:進学した専門学校には、資格取得の報奨金制度があったんです。在学中は、もちろん自分で生活費や学費を工面する必要があったので「アルバイトをするより勉強した方が効率がいい」と考えて簿記を始めたんです。税理士試験も、最初は「科目合格で報奨金がもらえるから」という極めて現実的な理由でしたね。でも勉強を続けるうちに、数字を通じて経営を支える仕事の奥深さに魅力を感じ、本格的にこの道を目指すようになったんです。

理不尽な経験が進路を変え、支えられて独立へ

——医療の道ではなく、会計業界を選んだ決め手は何だったのでしょうか?

鯵坂:専門学校のカリキュラムにあった、病院実習がきっかけでした。ドクターのカルテが読めず質問したら理不尽に怒られてしまって、「それなら現場ではなく経営を支える立場になろう」と考え、会計事務所への就職を決めました。

勤務先はとても恵まれた環境で、仕事の前後に勉強することも応援してもらえました。そのおかげで資格取得も順調に進み、20代のうちに独立という目標を実現することができました。

——27歳での独立は勇気のいる決断だったと思います。不安はありませんでしたか?

鯵坂:周りからはよく聞かれますが、自分の中ではあまり「リスク」という感覚はありませんでした。結婚前だったこともあり、当時交際中だった妻が「挑戦するなら今」と背中を押してくれましたし、前職のボスも独立後しばらく仕事を外注という形で回してくださったんです。その支えがあったから、創業当初から一定の売上を確保することができました。さらに期間工時代に身につけた泥臭く営業する姿勢も役に立ち、大きな壁にぶつかることなくスタートを切ることができました。

 

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15年かけて理解した、税理士が本当に果たすべき役割

——独立後、勤務時代との違いを感じたことはありましたか?

鯵坂:独立当初、一番不思議だったのは「勤務時代のボスが日中何をしていたのか」という疑問でした。当時のボスは、税金の計算や申告書の作成といった実務はすべて私たち職員に任せていて、自分自身は日中、ずっと銀行やお客様のところ、時には裁判所へ同行したりしていました。そして夜遅くに事務所に戻り、山積みになった紙の申告書の下書きを黙々とチェックしていたんです。

開業して5年、10年のうちは、私も一般的な税務や補助金の提案、節税のアドバイスが仕事の中心だったので、「あのボスの動きは何だったんだろう」と思っていました。しかし、開業して15年が経ち、お客様の会社の規模やステージが変わり、複雑な案件が増えてきた今、ようやくボスの視点が理解できるようになりました。

——先生ご自身も、そうした複雑な局面に立ち会うことが増えたのでしょうか?

鯵坂:はい。お客様の会社規模が大きくなって、事業再生や破産案件などにも関わるようになりました。特に印象深かったのは、ある会社の破産手続きに最後まで寄り添った経験です。資金繰りが厳しくなると人は離れていきますが、最後まで残るのは会計事務所と弁護士だけでした。支払いの優先順位や従業員への説明を何度も話し合い、可能な限り混乱を抑えながら事業を終えることができました。

最後に「最後まで支えてくれたのは先生だけだった」と感謝された時、この仕事の本当の価値を改めて実感しました。本当に重要なのは税金計算ではなく、経営者の意思決定を支え、会社の将来を一緒に考えることだったんです。

保育園を「IT・AIの実験場」に変えた逆転の発想

——先生は保育園も運営されていますが、始めたきっかけをお聞かせください。

鯵坂:当初は、人手不足に悩む顧客企業の支援策としてスタートしました。ただ運営する以上は本気で取り組もうと考え、自分も保育士資格を取得したんです。現場に入ってみると、福祉業界は利益率が高くなく、将来を見据えた運営の難しさも痛感しましたね。

——その経験が事務所のIT戦略にもつながっているそうですね。

鯵坂:そうなんです。新しいクラウドサービスや生成AI、給与計算や経費精算システムが出たら、まず保育園で実際に運用します。現場にはパソコン操作が得意ではない職員もいますが、その環境で問題なく使えれば、お客様にも安心して提案できます。「うちの保育園で実証済みです」という実績は、何より説得力があります。自社で試して改善点まで把握しているからこそ、導入後のサポートにも自信を持てるんです。

AI時代だからこそ、経験が最大の武器になる

——AIが急速に普及する中で、これからの税理士にはどのような力が必要だとお考えですか?

鯵坂:仕訳や資料作成のような定型業務は今後さらに自動化されていくでしょう。ITやAIを使いこなすことは、もはや特別な強みではなく必須条件になると思います。私自身も日々生成AIを活用していますし、その恩恵は非常に大きいと感じています。

——その上で、若手の税理士や会計士に伝えたいことはありますか?

鯵坂:「効率化は前提、その上で全部やれ」ということです。実務だけでなく営業も経営も、人付き合いも遊びも、失敗も成功も、若いうちにできるだけ多く経験してほしい。その積み重ねが、AIには代替できない判断力や人間力につながります。

恐れずに試行錯誤を繰り返し、選ばれる専門家へ

——最後に、この記事の読者へ向けたメッセージをお願いします。

鯵坂:生成AIの進化によって、税理士や会計士の仕事はこれからも大きく変わっていくでしょう。しかし、どれだけ技術が発展しても、経営者が最後に求めるのは「正解」ではなく、「あなたならどう考えるか」という一言です。数字だけでは割り切れない局面で背中を押し、ときには厳しい現実を伝え、それでも前を向けるよう支えることが、これからの専門家には求められると思います。

だからこそ、効率化だけを目的にせず、その先にある経験を大切にしてください。泥臭く挑戦し、失敗し、人と向き合った時間は決して無駄になりません。私自身、遠回りに見える道を歩いてきましたが、その一つひとつが今の仕事につながっています。

若い税理士や会計士の皆さん、あるいはこれからこの業界を目指す皆さんには、ぜひ恐れずに多くの経験を積んでほしいと思います。効率化はスタートラインにすぎません。その先で得られる経験や人との関わり、自分自身の試行錯誤こそが、AI時代でも揺るがない価値になります。そして、経営者から「この人に相談したい」と思っていただける専門家への一番の近道になるはずです。

先生のご紹介

鯵坂 健太郎 [AJISAKA KENTARO]
略歴:税理士。工業高校卒業後、電気工事会社勤務や期間工を経て医療系専門学校へ進学。在学中に簿記1級や税理士試験科目に合格し、地元の会計事務所へ就職。3年間の勤務を経て27歳で独立開業を果たす。
税理士実務の傍ら、サイバー大学でITを学び、自ら保育士資格を取得して2つの保育園を運営。事務所ではAIを活用した業務効率化を徹底する。経理担当者が退職して困っている企業の立ち上げ支援や、事業再生のサポートを得意とする。

所在地:鹿児島県鹿児島市谷山中央7丁目42-21
HP:https://office-wing.net/