「応援したい人」と働く税理士が「特化しない」ことを選んだ理由

多様な経験がもたらした独立当初の迷い

—— 先生のこれまでの経歴と、現在の活動についてお聞かせください。

葛西：大手税理士法人や個人事務所など約10年にわたる下積み経験の中で上場企業から個人事業主まで幅広いクライアントの税務顧問を経験しました。その後2023年4月、BIRD税理士事務所を開業しました。

クラウド会計やITツールを利用した業務効率化を得意としていますが、事業承継やM&Aなどのアドバイザリー業務にも対応しています。

—— 先生は複数の事務所勤務を経て独立されたそうですが、独立に際し、悩まれたことはありましたか？

葛西：事務所の強みをどのように打ち出すか悩みましたね。 私はM&Aや事業承継といった、個人の税理士事務所では経験しにくい分野も経験しました。そのため、何か特定の分野に特化した事務所にすべきかどうか迷いました。でも、色々経験してきた自分にはそれが本質的な強みではない気がしたんです。

—— 士業の世界では「強み＝特化」というイメージがありますけども、先生はどのような方針にされたのでしょう？

葛西： 特定の分野に「特化する」税理士が多い中で、私は「一通り全部受けられる」ことを自分の強みにしようと思ったんです。

一般的な顧問業務の先生が10人いたら、お客様は誰を選べばいいか判断しにくい。だからこそ、「誰と一緒に仕事をするか」が重要だと気づきました。専門性をアピールするよりも、連絡が取りやすく、話しやすい姿勢こそ、お客様に選ばれるために必要なことだと考えました。

そのため、現在は、税務・会計から経営相談、資金繰りまで幅広く支援しています。すごく細かい専門分野になると詳しい先生をご紹介することもありますが、私が窓口として一貫してサポートすることで、お客様に安心してもらえる。「何でも来い」の姿勢でいられることが、自分の強みと言えますね。

「応援したい人と働く」ことにより得られる信頼関係

—— 独立後、心境の変化はありましたか？

葛西： 会社員時代とは考え方が根本から変わりました。自分で売上を作る責任を持つと、社長さんの立場が少しずつ理解できるようになるんです。組織の中にいるのと、代表として責任を持つのとでは、どこに軸を置いて動くかというベクトルが全く異なります。

弊所のお客様にはこれから成長したい若手経営者の方が多くいらっしゃいます。税務・会計の専門家であると同時に、経営の相談相手として一番身近でありたいと考えています。数字だけを見るのではなく、経営者の想いや現場の課題まで一緒に考えるのが私の仕事です。

—— 心境の変化は、日頃の業務にどのような影響を与えましたか？

葛西：独立後は新規依頼が来ても、売上や仕事内容だけで判断するのをやめ、「応援したい社長と仕事をする」ようになりました。例えば自分が知らない業種であっても勉強して追いつけばいいだけの話です。これだけ情報が流通している時代なので自分から動けば情報は集まりますしサービスは提供出来ます。また自分が知らない業界を知れるのは面白いですし、自分も成長できます。また特定の業種に特化しないからこそ別の業種での知見で役に立ちそうなものを提供出来ることもあります。

結果として、「葛西さんだから」と信頼してくれるお客様が増えました。人としての魅力や安心感が、専門性以上に仕事の縁を生むと実感しています。

—— 今後の事業展開や組織作りの展望についてもお聞かせください。

葛西： 事務所の規模は拡大したいですが、無理はしません。お客様と長く付き合うには、事務所の安定と質が不可欠です。

たとえば、お客様には原則としてfreeeかマネーフォワードのいずれかを導入してもらうようにしています。いつでも経理情報をオープンにするためです。「領収書を出したのに経費になっていなかった」といったトラブルも業界ではよくある話です。

人材採用は「良い人が来たら採用する」というスタンスです。忙しくなってから慌てて採用すると、事務所との相性や質を妥協してしまう可能性がある。お客様と長くお付き合いするという、経営者としての信念に基づいた判断です。

紹介や口コミで新しいお客様が増えていますが、急激な拡大よりも、先ずは今いるお客様にしっかり満足してもらうこと。それが結果的に、事務所としての信頼につながると考えています。

完璧を目指すよりも「ミニマムスタート」で一歩踏み出す勇気を

—— 独立を目指す士業や、キャリアに迷う方へのメッセージをお願いします。

葛西： 独立は、「自分の好きな仕事」「本当に楽しい仕事」ができる最大のチャンスです。お金になるかどうかよりも「この人のために頑張りたい」と思えるか。士業も経営者も結局そこに尽きます。

もし迷っている方がいたら、ミニマムスタートでいいので一歩踏み出してみてください。最初から完璧を目指さず、目の前の仕事を誠実にこなす。そうすれば、少しずつ信頼が積み上がり、自分らしい働き方が見えてきます。

私もまだ道半ばですが、「楽しい」と思える仕事を積み重ねることこそが、士業としての一番の幸せだと思っています。